地下の空気は湿っぽく、しかもぞっとするような臭いに満ちていた。
ラミンは顔をしかめる。今更血の臭いにむせる彼女ではないが、濃厚な臭気は五感を鈍らせるのだ。
なにせ相手はアマゾネスの食人族である。まかり間違って我が身が敵の手に落ちた時の事を考えると寒気がするようだ。彼女は優秀な傭兵であり、蛮族を相手にそうそう後れをとるとは思っていなかったが、自分は1人、その一方で相手は十人とも百人とも知れない。それでも既に数人の敵を愛用の短剣1本で仕留めていた。
エルフには珍しい深紅の髪、それと鮮烈に対照する白磁を思わせる肌。ラミンは冷静で忍耐強く、なにより「強い」戦士だった。
長く複雑な隠密行の末、ふと彼女は広い空間に出た。天井こそ通路と同じく低いが、縦横とも10メートルほど伸びている壁には原始的な筆致で一面に絵が描かれており、正面奥の方には石でできた大きな舞台がある。壁画は何か野蛮な神話的題材であるようだ。それにしてもここは血の臭いがいっそう酷かった。
「(なんだここは?まるで屠殺場のようだな)」
明らかに何か特別な場所だが、それにしては人の気配がまるで希薄である。立ち入り禁止なのか、あるいは、この場所の存在自体が秘匿されているのか。
意識の混濁を感じるほどの猛烈な死臭にたじろぎながらも彼女は石舞台に近付いていった。それは直径3メートルほどの精巧な分厚い円盤で、大きな円い石卓とも見える。いずれにせよ、ここに棲む女蛮族どもが造ったとは到底おもえない。実際、それにしては年代もかなり古そうだ。上面の真円には、外周に沿って様々な玉石がいくつも配され、かがり火の灯が滑らかな表面に照り映えている。その他には特に装飾は無い。表面を触ると驚くほど平滑で、ただ妙に湿っぽく、僅かな粘りを感じた。不快げに指先を擦り合わせながら手を離す。
玉石を改めたラミンは僅かに目を剥いた。
「(青玉・紅玉・緑晶・月光石・太陽石…ここにあるだけで一生ぜいたくできるな。なるほど、噂は本当らしい…)」
もともとこの部族は食人を行っていたが、それはあくまで宗教的な行為であり、年に数人、運の悪い旅人が襲われる程度であった。ところが10年ほど前から「人狩り」は段々と過激化し、最近にいたっては村1つが根こそぎにされると言う惨劇まで起きていた。
近隣の諸国や部族が討伐に乗り出したが、どういうわけかそれは次第に下火となり、最近は戦線膠着という名の黙認状態が続いている。
「(女王様は相当な財産をお持ちのようだ。それで各国のお偉方を買収できたわけだな。おそらく…)」
青い瞳が鋭く光る。
「(この上に乗るのは演説家や踊り子じゃない。これは『獲物』を『さばく』まな板だ。そんな物にまでこれほどの宝石を装飾に使うとは…まあ連中にとっては何か神聖なものなのかもしらんが、それにしても…)」
改めて飾り石を検分するラミン。どれもこれも紛う事無き高価な宝石である。大きさも形もまちまちだが、大きい物は握りこぶしほどもある。彼女とて見るのは初めてだ。その口元に微笑が浮かぶ。
「(こっちは命がけなんだ。1つくらい頂戴しても罰はあたるまい)」
そう言って屈み込み、鞘の
「ん?なんだ?どうなってるんだこれは??」
一通り石の回りを引っ掻いてみて驚いたことに、石は、そのいびつな形にそって寸分違わぬ窪みに微塵の隙間なくはまっていたのだ。それはまるで原石が地層の鉱物中に埋もれているようだ。円卓そのものが粘土や樹脂等による『こしらえ物』ならともかく、見た目は紋様の淡い縞目石のようで、しかも継ぎ目が無い。ただ異様に固く、金剛石を埋め込んだ針でも傷一つ付かない。そのような石材を彼女は聞いた事も無かった。
「(…どう加工したのかは見当もつかないが、こんな事がここの野蛮人どもにできるわけがない…ん?)」
卓の側面に添えていた掌に気になる凹凸を感じ、さらに頭を下げて調べてみる。そこは上面と異なり、一面に装飾的な浮彫りが施されていた。おそらくかつては鮮やかに彩色されていたのだろうが、全ての顔料を時が洗い流してしまったので今では地肌が剥き出しであり、暗がりの遠目では細部を見落としていたのだろう。渦唐草の
「(おや?これは…)」
部屋の中央を向いた部分、つまり石卓の正面あたりに他と異なる部分を見つけた。それは文字だった。優美さと奇怪さを併せ持った字体でそこにはこう刻まれていた。
「(”紅き甘露こそ我が無上の糧。我にその甘き雫を捧げよ。”、か…これはエルフ文字じゃないか…)」
女傭兵は難しい表情で考え込む。
その背後から1つの影が忍び寄りつつあった。まるで都の娼婦よろしく肌も露わな若い女だが、その手には扇子や
スラリと引き締まった長身と、熟れた果実のようにたわわな乳房。この人種に特有な肉体的特徴が、その裸同然のいでたちによって剥き出しになっている。露わになった乳房は艶やかに張り、その先端はつんと尖ってある種威嚇的だ。浅黒い肌に灯火の光が鈍く照り映えているのは、皮膚を保護するための香油をたっぷり塗りこんであるためである。リボンで馬尾に結った黒髪が可愛らしいが、これは単なる見栄えの意匠ではなく、一人前の戦士である証だ。南方系の、本来ならひとなつこそうな顔には山猫を思わせる獰猛な表情が浮かんでいた。
息を詰め、足音を忍ばせるアマゾネスの野性的でしなやかな肉体には、若々しい生命力がみなぎっている。構えた槍を握る手に力がこもると肩の筋肉がピクリと動いた。侵入者の女エルフは相変わらず向こうを向いてしゃがんでいる。2人の間合いはもう5メートルを切っていた。
「イアァァァァァーーーーーーーッッ!!」
金切り声をあげながら石製の穂先が突き出される。背中から心臓を狙ったその一突きはしかし空を切った。
「なッ!?」
一瞬、相手の身体が消えたように見えた。しかし実際には素早い体捌きで槍撃の真横に標的が回り込んだのだ。一閃した左手が襲撃者の得物を掴み、握られた右の拳が乳房の直下に叩き込まれる。
「アンッ!?」
2人の動きが一旦止まる。先刻までの険しい表情とはうって変わり、きょとんと目を丸くして侵入者の拳を見下ろしている。その中にはあの針がしっかりと握られている。それは徹甲角とか金剛角などと呼ばれる点穴針の一種だった。暗殺用具である。
ズチュッ…。
「ウゥ!…」
引き抜かれた凶器には血がベットリと付いていたが、心臓には達していなかったのか傷口からの出血は思いのほか少ない。エルフの女傭兵は舌打ちすると、とどめの一撃を眉間に打とうと再び針を振り上げる。
「く、くせものダっ!だれカ!」
しかしアマゾネスは槍を投げ捨て、意外なほど活発に抵抗する。細い外見とは裏腹な力強さだ。傷は決して浅くないはずだがそれでも苦痛を堪え歯を食いしばって懸命に向ってくる。
このしつこい敵を一刻も早く片付けねばマズイ事は明白だった。近付いて来る応援の裸足で駆ける鈍い足音を、彼女の鋭敏な聴覚は既に捉えていた。そこで彼女は一瞬の隙を突いて膝を思いきり振り上げ、至近距離からアマゾネスの腹に素早い蹴りを繰り出す。
「グェウッ!!!」
凶暴な圧力が腹腔を潰し、鳩尾の小さな穴から鮮血がビュッと勢いよく吹き出る。更に2度、3度と蹴りを加えると敵兵の目に涙が溢れた。その瞳が急速に光を失ってゆく。
「ンクウゥん…」
遂に蹴り飛ばされ、よろめきながら件の大卓に突っ伏すアマゾネス戦士。既に勝負はついていたが、手練の女傭兵は立ち直る隙を微塵も与えず、敵の捨てた槍を足先ですくい上げ手に取ると、こちらを向いている下半身に突き入れた。
「ギャアアウゥゥ…ウ、ウウー…」
絶叫は途中で嗚咽に変わる。剥き出しの背中が細かく震えている。もともと裸に近い格好だが、後姿はほとんど全裸である。前垂れのついた褌も、後側は完全に紐のみのこしらえで、張りのある丸い尻を隠すものは割れ目に食い入る赤い一筋きり。菊門のひだも少しはみ出てしまっている。今そこには直径3センチほどの木の棒が生え、その先にあるはずの穂は直腸内へ完全に埋没している。幽門部が切れて出血しているがそれほどの量ではない。秘部を赤く濡らす濃厚な滴り。
「どうしタ!?いまイくゾ!」
「イそげッ!!」
その時、円卓のすぐ横に繋がる通路から喧噪が聞こえたかと思うと、細槍を携えたアマゾネスの衛兵が新たに2人現れた。いずれも同じような格好をした長身の若い娘で、馬尾の黒髪を激しく振り乱しながら部屋に駆け込んできた。
そこでラミンは刺し留めていた槍で最初の衛兵を一息に貫いた。
「ガアアアアアアアアアアァァァァアァァァァァーーーーーーーーーっっ!!!」
胸の谷間から鮮血が噴出し、血糊と脂肪にまみれた穂先が顔を出す。
「あオオォォォ………」
串刺し状態で断末魔に身をくねらせるアマゾネス戦士。そのまま石卓の上に力なく伸び、柔らかくつぶれた乳房が筆のように血を塗りのばしてゆく。
ラミンの虚仮脅しは相手を怯ませこそしなかったが、頭に血を上らせる効果は十二分にあった。
「イアアーッ!」
1人目の応援が怒りと憎悪のこもった眼差しで槍を高く振りかざす。それは野蛮ながらも雄々しく美しい構えだったが、いかんせん近代的戦闘の考えからすると相手に致命的な隙を曝しているだけである。ラミンはこの機を逃さず、腰の短剣を抜きざま一息に踏み込んで逆袈裟に振り抜いた。
「ギャアアアアアアァァァウオォォォォォォーーーーーーーーーーーーーー!!!」
絶叫と、それに匹敵する大噴血。張り出した2つの乳房が揺れ踊りながらみるみると朱に濡れる。
それは石の円卓を更に赤く染め、その上に伏している仲間の亡骸を凄惨に彩る。
「アゥ…ウォ…」
取り落とした槍がカラカラと軽い音を立てて転がった。虚ろな表情でバンザイをした格好で円卓の方に2・3歩よろけると、倒れている仲間の上にそのまま折り重なる。
一方、1人を斬り捨てたラミンはその後に控えるもう1人にそのまま襲いかかっていた。
「イャウッッ!!」
恐るべき敵に対し、最後の衛兵は慌てて槍を突き出すが、短剣の一閃でまず穂先を落とされ、次に柄を真ん中あたりで両断される。コンマ数秒の動きだ。
「ひ、ヒヤぁぁぁーーー!!」
得物を三分されたアマゾネスは恐れをなして身を翻した。その無防備な背に白刃が躊躇なく振り下ろされる。
「ギャウウーーーーーっっ!!」
仰け反るアマゾネスの背中に赤い
「フぐ…うアァ…」
アマゾネスの娘は両腕を前に突き出し、懸命に虚空を掴みながら震える足取りで数歩進むとそこで力尽き倒れた。
「ぅワァぁぁ、ジョ、女王サまァァ…」
蛙の様にへばり、己が血尿の溜りで四肢を弱々しく動かす女戦士。床に押しつけられた頬が紅に染まる。最後に「ゥ…」と切なげに吐息を漏らすと全身がガクリと脱力した。
最後の敵が絶命したことを見届けた時、ラミンは背後に異様な気配を感じた。いつもの彼女なら瞬時に振り返るところだが、どうしたわけかそうできなかった。彼女はゆっくりと
そこでは何事かが起こっていた。血塗られた卓上に若い女の死体が2つ。その卓が淡い燐光を放っていた。明らかに灯りの照り返しではない。その気味悪い光の中で女たちの身体とその血が不自然な鮮明さで明るく浮き上がっている。
死んだ女たちの肉体が台上で踊るように激しく痙攣し、無表情のまま「フヮヮヮヮヮヮ…」と意味不明な音声を虚ろに開けた口から発している。その周囲でおびただしい血が、まるで砂に撒いた水のごとく石の表面に吸い込まれてゆく。死体の傷口からは新たな血が爆発的に吹き出し、刻々と変化する曲がりくねった軌跡を空中に描きながら石卓に注ぎ、それもまたみるみると吸われ消える。シューッと聞こえるのは荒れ狂う血流の風切る音か?
あまりの事に声も出ず、ラミンはただひたすら食い入るように事態を見守っていた。百戦錬磨の女傭兵が全身に冷や汗を浮べ、逃げ出そうとする自分を必死に抑える。
無限に思えた一時だったが、実際には10秒ほどで異変は収まっていた。石卓の傍らに立って現場を見下ろすラミンの顔は、まるで幽鬼のように生気が無い。アマゾネスの死体は血色を完全に失い、白っぽく変色していたが、ミイラ化している様子はない。
すぐ側でコトンと小さく固い音がした時、女エルフの心臓は危うく止まるところだった。そこには大きな紅玉が卓上に転がり、微かな余韻に震えている。あの外そうとして果たせなかった宝石である。意を決してその玉を拾い上げると、かつてその石がはまっていたはずの窪みは見当たらず、代わりに小さな赤い玉が同じようにはまっていた。
しばらくの間、そのままじっと考えていたラミンの手から特大の紅玉が滑り落ち、床にあたって冷たい音を立てる。静かに一歩一歩さがって円卓から離れ、ラミンはもと来た通路へと戻って行った。やがてその姿が闇の中に去ると、後にはアマゾネスの骸が無残に残された。
再び静けさが戻ったと思われたその時、ゴボリという音が響いた。満腹のおくびを思わせるその嫌な音は件の石卓の内部から聞こえてきたようだった。
そして今度こそ死の静寂が訪れた。
アマゾネスネタが続いてしまいました。しかも両方ともアナル攻撃…。