K県Y市にある眼鏡店、”アイサロン 蜜蜂”。珍しい女性専門の眼鏡店で、フレームのデザインがお洒落で可愛らしいと、地元の若い女性や少女たちを中心に人気を集めていた。
夕方の”蜜蜂”、店内には何人かの客がおり、なかには学校帰りの女生徒も混ざっている。
「うーん、どうかなー?」
「よくお似合いよ、お嬢ちゃん」
1人の少女が眼鏡をかけて鏡をのぞき込み、様々な表情をつくっている。女店主が微笑を浮べながら、その様子を眺めている。
「それにしちゃいなよヒロミ。なかなかイケてるよ。コンタクトよりずっとキャラが立ったじゃん!」
「そぉ?じゃあこれにしよっかなぁ…」
「ウフフ、お買い上げありがとうございます」
この女店主、影村かおりは、明るく気さくな応対が好評で、この少女たちのような年代の客層には、ちょっとした”憧れのお姉さん”であった。だがその実体は上面と全く異なっていたのである。
世界征服を企む悪の秘密結社、その尖兵として社会に潜入した女戦闘員、それが彼女の正体であった。
この店で売られている眼鏡には特殊な発信機が埋め込まれており、着用した人間を催眠音波で操る事ができるのだ。
「我々はおまえを必要としている!さあ来るのよ!そして我々の仲間として生まれ変わりなさい!」
催眠にかかった女性たちは、女店主の主である怪人”蜂女”の幻影に導かれるまま、町外れにある廃ビルの地下に隠された秘密基地へと足を運ぶ…。
そこで哀れな女性たちは選別され、影村かおりのような戦闘員に改造されるか、あるいは体質不適合者なら奴隷として過酷な労働に従事させられるのだ。
蜂女のような怪人は秘密結社の指揮官である。今まで少数に過ぎなかった女戦闘員を大幅に増員し、本格的な女性部隊を編成する事が彼女の使命であった。これにより、結社の活動は大幅に自由度を増し、その野望の達成をより容易にするはずであった。
計画は順調に進み、半年ほどで既に100名近くの女性が改造処理され、勇猛な女戦闘員に生まれ変わっている。
各地に点在する”蜜蜂”のような眼鏡店やアクセサリーショップ、そこで催眠装置付きの眼鏡やイヤリングを売り、あくまで密やかに人材を拉致する作戦は当局の目をうまくかわしていた。だが、彼女たちにとって最大の敵には遂に見破られてしまう。そう、正義の味方、仮面のスーパーヒーローが卑劣な陰謀を嗅ぎつけたのだ。
謎の仮面ヒーローも元は結社の改造人間であったが、洗脳処理される前に脱出、正義の味方として秘密結社と激しい戦いを繰り広げていた。友人が行方不明になったという女子高生の話を聞きつけ、粘り強い調査の結果ついに影村かおりの眼鏡店に辿り着いたのだ。
仮面のヒーローに正体を暴かれたかおりは秘密基地の所在を吐かされ、その上、改造前の捕虜を全員逃がされてしまう。その失敗を弁明すべく、かおりは蜂女の前に立っていた…。
全身に密着した戦闘服の鮮烈な赤と黒が、まだ衰えの目立たない体の線をくっきりと浮き立たせている。赤い制服は戦闘員の班長である証しだ。ベレー帽をかぶった下に見える顔には黒と黄色の不気味なメイクが施され、本来の美貌を奇怪な仮面へと変貌させている。これが影村かおりの、女戦闘員8号本来の姿であった。
「ね、おねがい、首領にとりなして。」
「見苦しいわねかおり、いえ、8号。失敗した者は死をもって償う、それが組織の掟よ」
冷たく言い放つと蜂女は素早く剣を抜き、華麗な動作でかおりに突きつけた。
「命惜しさに組織の秘密をベラベラ喋ってしまうなんて、我ら”秘密女部隊”の恥さらしだわ。おまえのおかげで女戦闘員増産計画がどれだけの損害をこうむったと思ってるの?」
「そんな!私は今まで任務を立派に果たしてきたわ。あんなに大勢の人間をさらって来たのに、なのにたった一度の失敗で死刑だなんて、そんなのあんまりよ!おねがい、わ、私とあなたの仲じゃない…」
必死に哀願する部下の様子をみて急に笑い出す蜂女。
「アハハハハ…!そう言えばもう長いつきあいよね。お互い組織に入る前からですものねぇ、かおり先輩。でも今のあなたは私の部下、しかも無能な部下よ。生かしておく価値はないわ」
「ウゥ…」
じりじりと後退るかおり。
「フフフ…自分のスカウトした後輩に始末されるのって、さぞかし惨めな気分でしょうねぇ。そうそう、あなたの後任はもうヒロミに決めてあるの。あの子はりきってたわよ。だから安心して死になさい」
「な、なんですって!あんなに可愛がってあげたのに!」
かおりの表情が怒りと絶望に歪む。
「そうよ。あなたのおかげで、つまらぬ感情に流されない、組織の立派な一員になれたんじゃない。この処刑は恩返しだと思いなさい、ウフフフ…」
「ちくしょう!」
かおりの手が腰の剣に伸びた瞬間、蜂女の手が一閃した。
「ギャアアアッッ!」
絶叫するかおりの胸に蜂女の剣が突き立てられている。その切っ先は心臓に達していた。
「アハハ、残念でした!あなたの腕で私に勝てると思ったの?おバカさんねぇ、アハハハハハ…」
「グッ…く、くやしぃ…」
「フフ、さようなら、かおり先輩」
「ゲェッ!!」
蜂女が剣を引き抜くと、かおりビクンと身を震わせ、それから仰向けに倒れた。
「ア゛ーーーーーっ!ア゛ァーーーーーーーーァァァ…」
死の苦痛に激しく身をくねらせる女戦闘員。奇妙な昆虫のように腰を何度も突き上げ、その股間に体液のシミが広がる。それは強い腐食性を持っており、薄い戦闘服を溶かすと泡立ちながら一気に噴き出した。
すると全身がみるみる濡れたように変化し、そのまま形を失ってゆく。ジュクジュクとした、何か泡立つような不快な音を発しながら、かつて影村かおりであった物は、赤や黒や緑といった毒々しい彩りの汚物と化してゆく。しかしそれも、ものの10秒ほどで消滅し、跡には薄っすらとしたシミが床に残るばかりとなった。
かおりの処刑を完了した蜂女は、すぐに頭を切り替え号令を下す。
「ヤツが来るぞ!全員戦闘配置、急げ!」
悪の女部隊と正義のヒーローとの死闘が今はじまろうとしていた。
赤戦闘員。ショッカーの初期戦闘員に若干混じっていた方々です。いちおう上級戦闘員のような説明をされてたりしますが、実際は「?」って感じでした。ちょっとマイナーな存在ですが、なかなかに捨てがたい味があるので、実際には存在しない女戦闘員バージョンを描いてみました。
赤戦闘員というと私が思い出すのは蜂女のエピソードに登場する眼鏡屋の影村。だいたい上のような顛末で処刑されるんですけど、何かあの場面、妙に印象に残ると言うか、どこか普通の怪人・手下の戦闘員という関係を超えた、ある種の”親密さ”みたいなものを感じて、そこから想像を巡らせてみました。