「きゃう!!」
暗闇に包まれた森に悲鳴が上がる。
悲鳴の主〜ダークエルフの女〜は、しばらくの間震えながら立ち尽くしていた。が、それもつかの間すぐに力尽き地面に倒れる。やがて、その身体は光を放つと埃が舞うように消えてしまった。光り輝く粉が舞うその光景は幻想的でさえある。
「ち、追手か。」
ダークエルフを切り捨てた張本人、暗殺者エミリは内心戸惑った。彼女はこの街の領主であるハウザー卿の暗殺を依頼された。仕事は滞りなく進み、彼女はあっさりとハウザー卿の寝室に忍び込み仕事を終えた。だが、日が昇る前に街から脱出した彼女は突然刺客に襲われたのである。もっとも、彼女とてこの世界に一人で生きる超一流の暗殺者、たった一人のダークエルフを始末することなどたわいもなかった。
「(まだ、追手がいるかもしれない。)」
エミリは歩を速めた。だが、おそかった。エミリは自分を取り囲む複数の殺気に気付いた。
「(3…いや4。この程度なら私一人でも。)」
そう判断したエミリは、思い切った手段に出た。
「いるんでしょ。出てきなさいよ。」
澄んだ声が暗闇に包まれた森に響く。其の声に呼応するかのごとく、近くのやぶから声が聞こえた。
「ふふ…。どうやら隠れても無駄なようね。」
現れたのもダークエルフだった。3人。女。いずれも下着同然の衣装に細身の剣を帯びている。エミリは領主に亜人(デミ・ヒューマン)好きという噂があったのを思いだした。なんでも、ゴブリンやコボルトでさえ、彼にかかれば愛でるべき妾であるという。
「(恐らく、こいつらは)」
領主の夜伽役なのだろう、と思った。いずれにしても、自分には関係ない。ただ始末するのみである。仕事がふえた、程度にしか彼女は思わなかった。余計な感情は命取りである。
「領主様の敵を、逃すわけないでしょ。」
リーダー各らしいショートカットのダークエルフがいった。〜名はドロシーというのだがエミリにそれを知る術はない。どうやら、領主は本当に死んだらしい。影武者でもないようだ。安堵を覚えた。
「あなた達。」
エミリはいった。
「ダークエルフが人間の妾やって何が楽しいの?それとも」
そんなに、領主様は上手なのかしら、と聞いた。その言葉は、ドロシー及びダークエルフたちを逆上させるには十分だったらしい。ドロシーはそれに答えず。
「死ね。」
命令を下した。それに答えて、ダークエルフが2人同時に襲い掛かかってくる。いや、かかろうとした。一瞬早く暗殺者が地を蹴った。手には、いつのまにかナイフが握られている。虚をつかれたダークエルフは反応できなかった。そのことは彼女の死を決定付けた。頚動脈を一瞬にして切断される。笛のような音が暗闇の森に響く。鮮血が上がった。
悲鳴もあげられず、倒れるダークエルフには目も向けずエミリは次の獲物に向けて走った。だが、獲物〜ダークエルフ〜もすでに迎撃態勢を整えている。
乾いた金属音が響く。一対一にならばエミリに分があっただろう。だが、すぐにもう一人も間合いを詰めふたりがかりで攻撃してきた。
「(くっ。やばいかも。)」
彼女の焦りを感じたのか、一人が剣を大きく振りかぶった。
「(チャーンス。)」
大きく開いた脇腹に蹴りを叩き込む。
「がは。」
ダークエルフが吐血する。その隙を見逃すエミリではない。全体重を掛けて彼女の胸〜乳房と乳房の間〜に刃をねじ込んだ。豊かな、膨らみがあらわになる。
「(しまった。)」
エミリは自分の失策に気付いた。これでは、ナイフが抜けない。仕方なく彼女はナイフを手放した。もう一人がここぞとばかりに突きを繰り出してくる。だが、エミリは慌てなかった。上体をひねり巧みに剣をかわすと腕をつかみ関節を取る。
「きゃあああああああ。」
その悲鳴は、ナイフを胸に生やしたダークエルフのものだがエミリは気にしない。先ほどと同じく光る粉が舞うその光景を見届けている場合ではないのだ。
「くそ!はなせ。」
エミリは腕を取られ身動きが取れないダークエルフを尻目に袖口から鉄製の糸を取り出した。
「ひ!いや!やめて!」
何をされるのか悟ったのか、ダークエルフは恐怖を顔に浮かべた。そして、懇願する。だが、エミリは微笑〜それは、本当に普通の女が恋人に微笑むようなものである〜を浮かべると鉄線を怯える邪妖精の首に巻き付ける。
「いやあああ!助け…」
両端を一気に引っ張る。前述の言葉を残し、邪妖精の首は落ちた。同時にエミリめがけて炎が向かってきた。ドロシーである。仲間を援護しようとしたのだろう。だが、仲間が持ちこたえられる時間を長く見すぎた。彼女が選んだ魔法〜爆発を起こす精霊魔法〜では間に合わなかったのだ。エミリは首がない死体を残し身をかわす。炎が上がる。だが、そこで焼かれているのはドロシーの仲間である。肉を焼くにおいが立ち込める。
「お、おのれえええ!」
ほんの数十秒の間に起きた凄惨な出来事にドロシーは逆上した。魔法の選択を誤った自分にも怒りを覚える。しながらも、冷静な判断力をすぐに取り戻した。武器では勝ち目がない事は仲間たちが証明してくれた。それならば。
「植物の精霊!あの女を動けなくしなさい!」
印を結び、呪文を唱える。すると、エミリの周辺の植物が突然意志を持ったかのように彼女に襲い掛かった。自分の行為の愉悦にまだ酔っていた彼女は不覚にもなす術なくからめとられてしまった。それを確認したドロシーは、地を蹴った。
「死ねえええええ!」
短剣を抜き空中から暗殺者にとどめをささんと影がとんだ。ドロシーは自分の勝利を確信した。
「(これで領主様の敵がうてる。)」
ドロシーは感動を感じた。最初はボディーガードとして雇われたものの、実は彼女達全員が妾として領主を慕っていた。それは領主の人間的魅力なのか。それとも悪なのか。(無論エミリが指摘した夜の技術も含まれる。)
「…。」
小さな声でエミリが呪文を唱える。すると彼女の右手に、光る剣が表れた魔法元素の物質化である。それにより、彼女の拘束はあっさりと斬り払われる。
「なに!」
驚愕するドロシー。まさか、暗殺者が魔法を使えるとは。そして…エミリは例の微笑を浮かべる。
「さよなら。」
「ひぎゃあああああああああああああ!!(ハウザー様!!)」
悲痛な絶叫が静寂の森に響き渡る。光り輝く剣は、ドロシーの陰部から体内に進入した。子宮を越え心臓にまで到達する。暗殺者はそれを微笑してみている。
「はう。あ、ああ、いやぁ…ぁぁ。(敵も…討てないなんて。)」
弱々しいうめき声。両足をM字に広げてダークエルフは空中で固定され身悶えている。
「ひぐぅ。あ…………ぁ………」。
涙が浮かぶ。しかし、やがて彼女の身体も同胞と同じく光に包まれた。ひときわ、強い輝きを放ち光る粉が当たりに舞い散る。それはドロシーの今際の感情と関係があるのだろうか。エミリは魔法を解いた。
「さてと、帰りましょうか。」
鮮血に身を染めながらも、何事もなかったかのように歩き出す。山の頂きからは太陽が顔を出していた。太陽の下、鮮血のみが殺戮を物語っていた。
終わり