示現流、立見信十郎

 元治元年四月、明治維新前の幕末の騒乱時、一人の男が夜の街道を急いでいた。

 薩摩藩士、立見信十郎(たちみしんじゅうろう)は、京都の薩摩藩邸に密書を届ける密命を受けていた。年齢は28歳、背丈は割と長身だが動きに無駄がなく、しなやかな体つきをしている。顔には幾つもの修羅場をくぐり抜けてきただろう精悍さと男臭さがにじみでている。
 立見信十郎は、薩摩でも屈指の示現流の達人であり、銃の名手でもある。長い間江戸で遊学中であったが、国内の世情が不安になったため、藩に呼び戻され特殊任務を受けている。
 信十郎は徳川幕府との決戦に備える薩摩藩の命令で、英国商人グラバーから新式銃三千丁を買い入れ、幕府の軍事情報も調べていた。現在薩摩藩は幕府とは表向き友好関係にあるため、そのことが幕府に悟られるわけにはいかない。幕府も近頃、活発になりつつある薩摩藩に目を光らせているため油断はならない。

「まったく、骨の折れる仕事だな」
 江戸での気ままな修行時代を懐かしく思う。
「ん!?」
 突然、幾つもの視線と殺気を、全身に浴びるのを感じた。
「何者だ、そこにいるのはわかっている。」
 辺りに視線を這わせつつ、懐中の短銃に弾丸をこめ、刀の目釘を湿した。
ガサ、ガサ!
 今までは何もいなかったはずの木々の中から、大勢の人間が現れる。
「ほう…」
 立見信十郎がわずかに驚きの声を発した。現れたのは、全員女性だったからだ。それだけではない、その女性たちが身に付けている服装が特徴的だったからでもある。
 胸に付けた皮の胸当てと、腰に身に付けた純白の腰布、背中に背負った刀以外は一切身に付けておらず、そろいもそろって魅力的なプロポーションをしている。
 胸に付けた胸当ては、その大きな乳房を隠しきれず、谷間をくっきりと覗かせている。剥き出しの腹部と太ももは、良く鍛えられているらしく綺麗に引き締まっている。むっちりと肉を付けたあらわなヒップが闇夜に映える。

「貴様らくノ一か、一体わしに何の用だ?」
「薩摩藩の者だな?お前の持っている密書を、こちらに渡してもらおうか。おとなしく渡せば、命だけは見逃してやる。」
 くノ一達のリーダーらしい女が、信十郎に言い放った。顔立ちはまだ少女と言ってもいいくらい若若しい。細面にくっきりとした目鼻だちと白く雪のような体が、信十郎の目を引く。綺麗な黒髪を頭の後ろでまとめ、背中にたらしている。
「お前達、幕府の手の者だな?この密書を欲しがる奴など他におらぬからな。」
「フッ、その質問に答える気はない。」
 信十郎の予想どうり、彼女達は幕府の隠密組織の一つである「白虎組」のくノ一だ。白虎組は女性のみで形成されており、要人暗殺、破壊活動などの行動を実行する戦闘集団である。身に付けている装備が極めて軽装なのは体の敏捷さを殺さず、100%の戦闘力を発揮する為なのと、男を惑わせる手段だからだ。大概の男は、突然半裸の美女が襲い掛かって来たとしても呆気にとられてしまい、すぐには冷静な判断は出来ないだろう。また、斬りかかるにしても腕が鈍ってしまうかもしれない。まさに女の武器を生かした格好といえるだろう。
 だが、立見信十郎には通用しない。立見が今まで斬ってきた敵の数は百人をゆうに超える。
斬った本人さえもその正確な数はとうに忘れてしまっている。無論男女の別無くだ。初めて人を斬った頃は、心のどこかに嫌悪感のようなものが残っていたが、一人二人と斬り重ねる内にむしろ快感さえ覚えるようになっていた。常に生と死を賭けた戦いの中に自分の身を置いての緊張感は、剣士として生きがいとさえいえる。相手を斬ろうとする以上、自分も死ぬ覚悟をしていなければならない。

「悪いがこれを渡すわけにはいかぬ、仕事なのでな。欲しければわしから奪いとってみよ。」
「そうか、ならば貴様を殺してからゆっくりといただく事にするわ」
 彼女の言葉と同時にくノ一達は、次々と白刃を抜いてゆく。
 信十郎は鯉口を切り、鞘をひねって刀を抜いた。
「命が欲しければ、止めておくことだ。掛かってくる以上、容赦はせぬ。」
 だが、くノ一達は無言のまま徐々に間合いを詰めてくる。
 信十郎はゆったりとした動作で、刀を右トンボ(ななめ上段)に構える。トンボは、普通の上段の構えよりはるかに高く、刀をわが身のななめ後ろに構えているため、振り下ろされる威力は凄まじい。
 信十郎の前にいたくノ一が緊張に耐えられなくなり、斬りかかってきた。相手の刃が打ち下ろされるよりも早く、信十郎の刀が激しい気合と共に振り下ろされる。
「チェストー!!」
ズバッ!
「ぐぅ!?」
 くノ一の動きが止まる。身に付けていた皮の胸当てが真っ二つに裂け、ずり落ちる。胸当てに抑圧されていた見事な胸が、プルンッ!と弾け出る。左肩から乳房にかけて赤いラインが浮き上がる。その瞬間、ドバ!赤い鮮血が噴出し、くノ一の胸を血に染める。
「ぐふっ!」
 一瞬、体をビクッ!と震えさせると口から血を吐きながら、くノ一が仰向けに倒れる。
 間を置かず、二人のくノ一が信十郎に襲いかかる。 くノ一達は、前後左右に跳躍を繰り返し、信十郎の目をくらませようとする。
 飛び跳ねるくノ一の胸や尻、太ももが大きく揺れる情景は、甘美的で華麗だ。くノ一達は、獲物に狙いをつけると二人同時に跳躍し、襲いかかった。
「やぁ!」
「とぉう!」
 信十郎は、二人の動きを読むと、身体を左に捻り、攻撃を受け流す。同時に二人のくノ一の白い腹部を横薙ぎに切り裂いていた。柔らかい肉を裂く手応えが信十郎の手に伝わる。
「チェエーイ!」
ズビュッ!バシュッ!
「なぁ!」
「うぁぁ…!?」
 くノ一達は着地すると同時に、腹に違和感と激痛を覚える。あわてて己の腹を見てみると、鍛えられた腹が裂け、中から臓腑がにじみだしていた。純白の腰布は鮮血で真っ赤に染まっている。くノ一達は顔を蒼白にすると、腹を両手で押さえてその場にペタン、と座りこんでしまった。
 信十郎は仲間が一瞬で殺られ、驚きで動けなくなっているくノ一三人に向かって走り出す。あわてて身構えようとするくノ一達の足元に身体を転がすと、そばにいた二名のくノ一の白い太ももに白刃をめり込ませる。刃に肉と骨を絶つ鈍い感触が伝わる。
ズン!ザク!
「きゃあ!」
「痛たい!」
 太ももから下を両断されたくノ一達が、苦悶の声を上げながら足を抱いて転げ回る。額に脂汗をにじませ、顔を激痛に歪ませる。
 信十郎は立ちあがると、片ひざを地面に付けたまま、残りの一人を逆袈裟に斬り上げる。
ドバ!
「うっ!」
 刃は脇腹から肋骨を通り、左肩に抜ける。鮮血を溢れさせる乳房を押さえながら、何とかその場に踏みとどまっているくノ一の鳩尾に刀を突き刺し、止めを刺す。
 くノ一は身体をブルブルと痙攣させ、己の身体に突き刺さった刃をうつろに見つめていたが、口から血を溢れさせるとそのまま力尽きる。
 信十郎は絶命したくノ一から刀を抜くと、残りのくノ一に向かって身構える。

 襲いかかろうとしていた他のくノ一達が、動きをとめ息をのむ。
 立見信十郎がこれほど強いとは、思ってもみなかった。密書を運ぶだけのただの侍だと思っていただけに、予想外の展開だ。十名いたくノ一は六人が既に斬られ、残りは僅かに四人だ。
「(まさかこれほどの使い手とは…)」
 くノ一のリーダーは、歯噛みした。
 信十郎の周りには、血にまみれたくノ一の遺骸や死にきれずに苦しんでいるくノ一達が転がっている。
「(作戦を立て直さなければいけないようね。)」
 瞬時に判断すると残りのくノ一に手話で命令を出す。
「散れ!」
 リーダーが命じると同時に、くノ一達は近くの木の上に跳躍する。
「むう…何をするきだ。」
 信十郎はくノ一達の動きに警戒しながらも、刀を確かめる。くノ一を斬り倒した刀には、血や油がべったりと付着しているが、刃こぼれや傷は見当たらない。懐紙で素早く刀を拭き、血と油を落とすと再びくノ一達に視線を戻す。
「!?」
ビュ!ガス!
 空気を引き裂く音と共に何かが地面に突き刺さった。そちらに目を向けると地面には矢が突き刺さっていた。信十郎はその矢を手に取ってみる。矢の先には毒々しい緑色の液体が塗られていた。
「毒矢か。なるほどこれにかすられでもしたら、命はないな。」
 信十郎がそう判断すると同時に、何本もの矢が飛んでくる。信十郎は二本の矢を刀で打ちおとし、残りの二本は身体を捻ってかわす。顔の目の前を矢が通過する。
「フフ、お前もこれで終わりだな。その位置からではどうしようもあるまい。」
くノ一のリーダーは勝利を確信する。
「どうかな…こちらにも奥の手と言うものがある。」
 信十郎は懐に手を入れると、銃身の短い洋式銃を取り出す。これは先日、英国商人と取引したおりにプレゼントされた物だ。聞いた話によると、アメリカと言う国の最新式の短銃らしい。後装式の六連発銃で、従来の銃器にくらべ命中精度が恐ろしく高い。しかも、後ろの引き金を引くだけで次の弾が装填されるので、短時間に何発も撃てる。しかも信十郎は銃の名手である。鬼に金棒と言うものだろう。
 信十郎は銃を木の上のくノ一に向けて構えると引き金を引いた。
バン!!
 辺りの静寂を破る物凄い轟音が鳴り響く。
バシュ!
「げお!な、何?これ…」
 木の上のくノ一の胸に熱く焼けた銃弾がめり込んだ。いきなりの事で自分が何をされたのかわからないらしい。ただわかるのは胸の奥に熱く焼ける何かが入り込んだということだけだ。
そのまま意識を失うとバランスを崩し木の上から、転落する。くノ一の身体が硬い地面に叩きつけられ、鈍い音と共に大きくバウンドする。そのままピクリとも動かない。
 信十郎は次いて二人のくノ一に向かって射撃を行う。
ガ-ン!ガ-ン!!
 再び、大きな炸裂音が響き、銃口から鉛の弾が吐き出される。
「くう…!」
「ばかな…」
 二発の銃弾は、確実に二人のくノ一の白い腹部に命中し、醜い弾痕を残している。二人のくノ一は、苦痛に顔を歪めると木の上から転落し、地面に叩きつけられ絶命した。
「そ、そんな卑怯だぞ!」
 リーダーのくノ一が、余りの悔しさに絶叫した。
 まさかこの男がそんな物を持っているとは、思いもよらなかった。先ほどの勝利の確信が、跡形も無く砕かれる。何から何までも、彼女の計算を外れていた。残りのくノ一も、信十郎の短銃の前に冷たい亡骸と化しており、後は彼女一人だ。リーダーのくノ一は覚悟を決めると信十郎の前に降り立った。
「まさか私の部隊がたった一人に全滅させられるとは…お前は一体何者だ。」
「わしか?わしはただの薩摩のごろつき藩士だ。ただお前達は、襲った相手が悪かったようだな。わしの技量をみくびり過ぎた。」
「く!いざ、尋常に勝負!!」
「よかろう。」
 信十郎は短銃を懐に戻すと、刀をトンボに構える。
 くノ一は、何とか信十郎の隙をうかがおうと、必死になっている。
「(だめだ…隙が無い)」
 くノ一の全身からは、緊張のあまり汗が吹き出している。汗が腰布を濡らし、くっきりと身体のラインを浮かばせている。全く動く様子はない。
 信十郎はわざと一瞬視線を逸らし、隙を作って見せた。
「(今だ!)」
 くノ一が、その動きにつられて斬りかかってくる。信十郎は、くノ一の動きを見切って軽々とかわすと、必殺の一撃を打ち込んだ。次の瞬間、信十郎の刃が、くノ一の左肩から乳房を通り、下腹の辺りまで一気に切り裂いていた。背中からは、信十郎の刃が覗いている。切り裂いた刃の間には、心臓もあった。裂かれた心臓から大量の鮮血が噴出し、信十郎とくノ一の身体を真っ赤に染める。くノ一はすでに死んでいた。信十郎はゆっくりと刀を引き抜く。凄惨なくノ一の亡骸が、地面に倒れる。

「終わったか…。いや、まだか。」
 そう呟くとまだ死にきれずに、うめいているくノ一達に止めを刺しに行く。
「悪いな、この事が他に漏れる訳にはいかんのでな。」

 信十郎が去った後には、十名のくノ一の亡骸が無残に残されていた。


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