「ウッ!?」
小さな嗚咽(おえつ)を上げて、女が前のめりに倒れる。
「なっ!?」
前を歩いていた女は驚き、あわててマシンガンを構えた。辺りはすでに夜のとばりに包まれている。女は注意を払いながらも、横たわっている仲間に目を凝らした瞬間、
「アッ!?」
延髄に手刀を決められ、先に倒れていた女の上に崩れ落ちた。
「これで、警備兵はあらかた片付いたわね」
現れたのは一人の女性だった。鮮やかなエメラルド色の映えたチューブトップ(肩ひもなし)のビキニブラと形のいいオヘソが下からのぞく白いタイトのスーツをビシッと決め、それに合わせた白のタイトスカートとヒールが素肌の脚線美をなお一層際立たせている。細長い白のイヤリングと、透明玉のついたペンダントもおしゃれのアクセントになっていた。
「そのまま眠ってて頂戴。くれぐれも風邪をひかないようにね」
豹柄のチューブトップのビキニにブーツという肌の露出した格好でのびている二人に軽く手を振ると、女は地下のアジトへと潜入した。
彼女の名は赤峰(あかみね)リサ。ある秘密機関に所属するエージェントである。
近年、「アマゾネス」と呼ばれる女だけの謎の集団が暗躍。世界各地から若い女を誘拐しては洗脳し、勇猛なアマゾネスに仕立てては強盗、テロ、暗殺などに投入して悪行の限りを尽くしていた。男顔負けの戦闘力に加え、元は一般市民の女性ゆえに、各国もその対応にほとほと手を焼いていた。そして、ここは日本近海にある離れ小島。アマゾネスのアジトがあると目され、リサがそのために派遣されたのだった。
リサは気配を殺しながら慎重に歩を進めて行くと、廊下をつきあたった先に扉がある。リサはあらゆる事態に備えられる体勢を整えて、そっと扉を開けた。
(なんなの、ここは・・・?)
薄暗い灯りに照らされたそこは、こじんまりとした体育館のようだった。
(どうして、こんな施設が・・・ハッ!?)
リサが足を一歩踏み出した途端、両サイドのせり出した高みに突然、外の警備兵と同じ豹柄ビキニのアマゾネス達が現れ、銀の槍を構えてこちらを見据えていた。その数は六人。人種も様々で、黒人もいればブロンドの白人も二人いる。他にはアラビア系が一人。東洋系は二人で、そのうち一人は皆より少し背が低く年齢も若い感じだ。
「フフフ。かわいいネズミが紛れ込んで来たものね」
真正面の扉が開くと、槍を携えた背の高い黒髪の女が現れた。モデルのように美人ですらっとしているが、胸はまるでメロンのようにでかい。いや、彼女だけではない。後の六人も負けず劣らずで、遠目から見ても胸の谷間の稜線がクッキリと見え、今にもはちきれんばかりだ。
「ようこそ。わがアマゾネスの誇る槍殺人部隊のトレーニングルームへ」
「槍殺人部隊? トレーニングルーム?」
それを証明するかのように、部屋の一角には刺し傷だらけの人形が数体並んでいる。
「そうよ。このアジトはね、殺人専門のアマゾネスが日々鍛錬を積む場所でもあるのよ。これがどういうことだかわかるかしら? 殺しのプロが普段ここに常駐しているってことよ」
女は槍の柄で床をポンと叩いた。
「この下の階にも別の殺人部隊の連中がうようよいてこのアジトを守っているわ。そんなところにたった一人で乗り込んでくるなんていい度胸、というより私から言わせればただのバカね」
「随分とご挨拶ね。でも、殺人部隊まで動員して守っているなんて、このアジト、只のアジトじゃないわね。興味が湧いてきたわ。是非ともその秘密、この目で確かめさせてもらわなくちゃ」
「フン! ここを突破できるとでも思ってるの」
「そのつもりよ」
「大口叩くと後で後悔するよ。・・・おまえたち! ちょっとこいつに私達の腕前見せてやりな」
「イヤアアア!」
アマゾネス達は高さを苦にともせず飛び降りると、リサ目掛けて槍を突きかけて来た。鋭い切っ先が次々と襲ってくるが、リサは巧みな動きで全てかわしていく。
(なるほど。殺人部隊というだけあるわね。外の警備兵達とは一味違うわ・・・・でも?)
リサは彼女達を一目見たときから気になっていたことがあった。
(どうしてなの? ・・・一つ確かめてみるか)
リサは壁際にさりげなく近付き、派手に体勢を崩して壁によりかかった。アマゾネス達はすかさずリサの回りを扇状に取り囲んで槍を向ける。
「呆気ない。所詮、このアンナ様率いる槍殺人部隊の敵じゃなかったわね」
アンナは槍をまるでバトンのように自由自在に動かすと、測ったようにリサの鼻先に触れるか触れないかの間合いで切っ先を止め、高らかに笑った。そして、槍の穂先を肌すれすれにゆっくりと下げて行き胸の前でピタッと止める。残り六本もそれに続いた。
「フーン。なかなかいい胸してるじゃない。このまま突き刺すのはもったいないぐらいだわ」
アンナのものほしそうな目線が注がれる。
「お姉さま。少し楽しんでから殺っちゃわない」
アンナの右側の背の一番低い女。というより、顔を見ればどう見ても高校生にしか見えない少女のようなアマゾネスがいたずらっぽい目をリサに向ける。
「ダメよ、ナツキ。私達はこの女を始末したらすぐにココを立つのよ。仕事でね。今は女にうつつを抜かしてる場合じゃないわ」
「ハーイ、お姉さま」
「いい娘ね。ナツキ。帰ったらたっぷりとかわいがってあげる。さて、そろそろ覚悟はいいかしら」
「ちょっと待って!」
「何? まさかこの期に及んで命乞いでもするつもり」
「そんな甘くないのはわかってるわ。ひとつだけ教えてほしいことがあるの」
「この世の名残にってやつ。まあいいわ。とりあえず言って御覧なさい」
「あなたたちアマゾネスはさらってきた女性の洗脳状態を保つために、いつも制御ピアスを装着しているはず。なのにあなたたちは着けてないわ。どうしてなの?」
「何かと思えばそんなこと。元から私達は制御ピアスなんて着けてないわ」
「えっ!?」
「制御ピアスを着けているとどうしても動作が少し遅くなるのよ。とはいっても常人に比べればはるかに素早いけどね。だけど、華麗なる殺しのテクニックを身に着けた殺人部隊のメンバーには役不足なわけ」
「じゃあ、ここにいるのは?」
「そうよ。私を含めて殺人部隊のメンバーは皆、総帥ソニア姉様の理想を実現すべく自らその身を投じた最強のアマゾネスたちの集まりなのよ」
「そうだったの」
「どう。これで満足した」
「ええ。この世の名残にいい話を聞かせてもらったわ」
「そう」
「ほんと。あなた達のこの世の名残にね」
「なんですって!?・・・アッ!?」
突然、リサの胸元のペンダントがカメラのフラッシュより激しい閃光を放った。
「クッ!? おのれ!」
さすがに名うてのアマゾネスたちだ。目が眩みながらも素早く槍を突きつけた。その間わずか〇.五秒。
だが、しばらくして視界の戻った彼女達の目線の先にリサの姿はなかった。槍の餌食になっていたのは、リサのスーツだけだったのである。しかも、突き刺さっている槍の数は六本。
「ギャアアアア!」
アマゾネスたちの耳に突然けたたましい金切り声が右から響いた。一斉に顔を向けた彼女達の目に映ったもの。それは、あお向けで上半身を右ひじで起こしていた黒人アマゾネスが左手を空にかざし大きく口を開けて苦悶の表情を浮かべている姿と、しゃがみながらその女の背中に槍を突き立てていたリサの姿だった。
リサは残像効果のためにスーツを素早く脱ぎ捨て、いち早くしゃがむと、左の壁側にいた黒人アマゾネスに長い足を伸ばしてかかとに足払いをかけたのだ。女があお向けに倒れるやいなや間髪入れずその上を飛び越え、ついでに槍を奪い取ると、空中で一回転して着地し、振り向きざま、起き上がろうとしていたアマゾネスの背中を一突きしたのだった。
しかし、その一連の動きを追えなかったアンナたちは、黒人アマゾネスが力尽き息絶えたあとも、しばらく呆然として立ち尽くしていた。
リサは刃についた血を黒人アマゾネスの身体で拭うと、突如、アンナたちに槍を向けた。
「さてと。あなたたちが自らの意思で人殺しをやっているとわかった以上、わたしも遠慮はしないわ。一人残らずあの世に送ってあげる」
そう言って、鋭い目をアマゾネス達に向ける。残忍な殺し屋であるはずの彼女達の背筋を凍らせるほどに。
「ふざけるんじゃないよっ! 調子に乗ってえええ! おまえ達っ! この女に私達の真の恐ろしさ、味あわせてやれぇ!」
怒りに震えるアンナの声に奮い立ったアマゾネス達は、再びリサに襲いかかった。
「ハー!」
まず、褐色の東南アジア系アマゾネスが槍を合わせてきた。だが、リサは軽く払いのけるとふくよかな左乳房目掛けて槍を突きたてた。
「グアッ!」
アマゾネスは一声あげると、うつぶしてあっけなくこの世を去った。
次は、鼻筋の通ったアラビア系アマゾネスがかかってきた。リサはそれに答えて何度か槍を交し合う。女の柔軟な身体は槍をまるでムチのようにしならせて、受けや軌道に微妙なずれを引き起こしていた。
(やっかいね。ならば・・・)
リサは息を深く吸い込み、向かってくる槍の刃の根元の部分に狙いを定めると、
「ヤッ!」
気合のもと槍を一閃させる。すると、鋭い金属音が響いて、アマゾネスの槍の刃がまるで人の首のように床へポトリと落ちた。女は驚いて、槍を立てて見入る。
「ヤッ! ヤッ!」
リサはすかさず袈裟懸けの要領で柄に槍を二回入れた。斜めに切断された短い切れ端が二つ落ち、床のかすかな傾斜にあわせてコロコロと、薄暗い部屋の隅に向かって転がっていく。
目が点になったアマゾネスはリサの顔を見た。天使のような微笑を浮かべてこっちを見ている。それが彼女のこの世の見納めとなった。槍で下から喉を突かれて顔が天を仰いだアマゾネスは、口からゴボッと血を吐くと、短くなった柄を握りしめ、あお向けに倒れていった。
「ヌオー!」
「ビッチ!」
今度は筋肉が程よく張ったブロンドの白人アマゾネスたちがペアで攻める。
まず、リサと対峙したアマゾネスが正面から槍を合わせ力比べに出ると、その間隙(かんげき)をついてもう一人がリサの斜め後ろから槍を突き出した。
「アアアッ!」
悲鳴をあげ顔を歪ませたのはしかし正面から攻めたアマゾネスだった。いち早く察したリサに槍を透かされ前のめりになったところに、味方の槍を右胸に受けてしまったのだ。刺された女は自分の胸を両手で押さえ、何かを訴えるようなせつない目で仲間を見るとその場に崩れ落ちた。
仲間をあやめてしまったアマゾネスは怒りに狂った目でリサを睨み、力任せに槍を振りかざして迫る。垂直に振り下ろした槍をリサに柄を横にすることで受け止められたが構わず力を込める。
(このまま斬り伏せて殺してやる!)
という強い念を込めて。
だが、リサは動じない。
「すき有り!」
リサは左足のヒールの先でアマゾネスの恥骨を思い切り蹴り上げた。
「オアアッ!?」
女は思わず槍を捨て股間に両手をあてがいながらもんどりうって倒れると激しくのたうちまわった。リサはタイミングを計り、服のボタンのようなアマゾネスのヘソ目掛けて槍を突き立てた。
「アグッア!」
アマゾネスは目を大きく見開き、肘を立てて両手の指を大きく広げ少し悶えていたが、やがてだらりと腕を伸ばして永遠の眠りについた。
「さあ、残るのはあんたたちだけよ。覚悟なさい」
リサはベットリと血のついた槍をアンナとその傍らにいるナツキに向けて構えた。
(ヒッ!)
ナツキは足がガクガクと震えだした。
(強すぎるよう! なんなの、この女?)
さっきまで取っていたこまっしゃくれた態度はもはや影も形もない。もし、アンナが横にいなければとうに逃げ出していただろう。いや、おもらししてたかもしれない。
「ナツキ! あんたそれでも誇りある槍殺人部隊の一員なの! しっかりしな!」
はっぱをかけ気丈にみせたアンナだが、彼女も内心は驚きを隠せなかった。一流の殺人者たちをまるでザコのようにあしらった女。しかも一筋の傷すら受けずに。
その思いが、
「アンタ、何者なの?」
という言葉を自然と口につかせていた。
「私は赤峰リサ。赤峰無尽流を受け継ぐ者よ」
「赤峰無尽流?」
「そう。己の肉体を鍛え上げ、武芸百般に精通し、相手の武器はもとよりあらゆるものを無尽に利用して敵を倒す。正に戦場で生き残るための最強武術。それが赤峰無尽流よ」
「フン。たいそうなゴタクを並べてくれるじゃない。無尽流だか何だか知らないけど、この私の世界一の槍さばきの前には敵じゃないって事を見せてあげるわ」
アンナは風切り音を響かせて槍を振り回して鼓舞すると、リサに槍を繰り出した。
(さすが、お姉さま!)
アンナの凄まじい攻めにリサは防戦一方。ナツキの目にはそう映っていた。もちろん、アンナにも。
「どう。私の槍さばき。武芸百般に通ずってのは、世界一の腕の前では所詮多芸は無芸ってことよ」
「そうかしら。そういう言葉は自分の姿を良く見てから言った方がいいわよ」
「何!?・・・・アッ!?」
アンナは急に攻撃を止め間合いをとった。なぜなら、豊満ながらまだたるみのない自慢の胸とほどよい感じの茂みがすっかり丸出しになっていたからだ。豹柄のビキニは目の前の床に落ちていた。明らかに切断されたあとを残して。
「どうやら、あなたの槍さばき。世界では二番目の腕だったようね」
ニヒルな顔を向けるリサに、アンナはすっかり言葉を失ってしまった。
「いやあ!」
この沈黙を破って走りだしたのはナツキだった。彼女を踏みとどめていた思い。
(お姉さまは世界一強い)
その信念が崩れた今、彼女の足は自然と後ろの扉へと向かう。あと少しでたどりつこうとしたとき、
(アツッ!?)
背中から火傷のような痛みを感じ、身体を扉に打ち付けた。痛みはさらに激しさを増し、ナツキの意識を奪っていく。背中にリサの投げた槍が深々と突き刺さっていたのだ。
(いやああああ!)
ナツキは涙を浮かべ、扉に大きな胸を強くこすりつけながら両膝をつくと、左に倒れ込みそのまま動かなくなった。摩擦でブラがめくれ、ナツキの乳首はツンとたっていた。
「バカが!」
アンナが吐き捨てるように言う。
「あら、そんなこと言っていいの。あの娘。あなたのお気に入りだったんでしょ」
「フン。だらしなく敵前逃亡する臆病者に興味ないね。そんなことより」
槍を投げて丸腰になったリサと、周りの状況を見てアンナの目がキラリと光る。
「自分の心配でもしな!」
再び攻撃に出たアンナは、アマゾネスたちの死体が近くにない部屋の一角にリサを追い込んだ。
「これであたしの勝ちね」
「さあ、それはどうかしら」
「あんたの武器になる槍はここには落ちてないわよ。それでどうやって対抗する気?」
「言ったでしょ。あらゆるものを利用するのが赤峰無尽流の極意。その真髄。あなたの胸にしっかりと刻み込んであげる」
リサは部屋の隅にあった人形をひっつかむとアンナ目掛けて投げつけた。アンナは軽くよける。
「あんたバカ? そんなものが役に立つとでも思ってるの」
リサは委細構わず次々と人形を投げる。
「無駄! 無駄!」
アンナはなんなくかわしていく。人形の数は見る間に少なくなり、残るは一体のみとなった。
「遊びは終わりよ。それを投げたら最後、この槍先をあんたの血で染めてあげるわ!」
最後の人形が顔面に向かって飛んできた。アンナは人形を軽く柄で弾き飛ばし、リサの姿を捉えると槍を両手に持って思い切り振り上げた。
「死ねえええ!」
切っ先がリサを真っ二つにする勢いで振り降ろされた。だが、リサの顔には笑顔が浮かんでいる。
カーン!
するどい金属音が響き、アンナは槍を勢いよく弾かれた。右手は槍から離れ、左腕は槍と共に後ろへ引っ張られる。
「なっ!?」
リサの両手には短い銀色の細いパイプが握られていた。しかも先は鋭く尖っている。アンナは思い出した。リサが切断したアラビア系アマゾネスの槍の切れ端のことを。
(ヒッ!)
アンナは驚愕した。リサの手にあるものは、がら空きになった自分の乳房へとどんどん迫ってくる。
「グアアッ!」
二つの尖ったパイプは的確にアンナの両乳首を突き刺し、そこから深く差し込まれていく。リサは素早くアンナの耳元で囁いた。
「どう。赤峰無尽流の真髄。しっかり刻み込んでもらえたかしら」
刺された部分から血が流れると同時に、パイプの先からも勢いよく血が流れ出した。アンナの身体は小刻みに震え、身体からどんどん血の気が引いていく。
「アアアアアアアアアア!」
最後の最後に気力を振り絞って悔しさにむせぶと、アンナは大の字になってその大きな身体をあお向けに沈めていくのだった。
「ふう」
リサは一息つくと、壁際に落ちていた自分のスーツを取り上げた。広げてみると六つの穴から壁がのぞいている。
「あーあ。案外気に入ってたのに。もう、着れないじゃない・・・・・でも」
リサはビリッと二つに裂くと、アンナとナツキの顔の上に落としていった。
「死者に被せる白布には十分ね。同じ日本人のよしみであげるわ」
リサはそう言って、下へと続く扉を開けた。
「さあて、次の階ではどんなアマゾネス達が私を楽しませてくれるのかしら」
かくして、リサはいまや七人のアマゾネス達のモルグ(死体置き場)と化したトレーニングルームを後にしたのである。
END